平成27年環境・建設交通常任委員会

所管事項の調査
下記のテーマについて、参考人から説明を聴取した後、質疑及び意見交換が行われた。
・これからの環境施策のあり方・方向性について

◯荒巻委員長
まず、所管事項の調査についてでありますが、本日のテーマは「これからの環境施策のあり方・方向性について」であり、参考人として、京都大学名誉教授、滋賀県琵琶湖環境科学研究センター長の内藤正明様に御出席いただいております。
本日は、大変お忙しい中にもかかわらず、本委員会のために快く参考人をお引き受けいただき、まことにありがとうございます。
内藤様におかれましては、環境システム学を専門とされ、自然と共生した持続可能な社会の実現に向けた御研究をされていると伺っております。
また、京都府環境審議会に会長として参画いただき、御尽力をいただいているところであります。
本日は、そういった日ごろの御活動を踏まえたお話をお聞かせいただければと思いますので、どうぞ御指導をよろしくお願いいたします。
それでは、参考人の御意見を拝聴いたしたいと思いますが、説明の準備が整うまで、しばらくお待ち願います。
それでは、内藤様、よろしくお願いいたします。

◯内藤参考人
内藤でございます。めったに顔の出せないような場にお呼びいただいて、大変恐縮いたしております。ありがとうございます。
快くと御紹介いただいたのですが、なかなかこういう難しい場で快くというのは、言葉のあやとしては難しいので、とっても困って、日ごろの御縁なので、何とか出てまいった次第です。
最初に、環境の話というのは、もうさんざんお聞きになって、もう耳にたこができているよというようなことだと思いますので、私はありきたりな話はできるだけ避けて、日ごろお聞きにならないような切り口で環境のお話がさせていただければいいかと思います。
それを一言で言えば、かなり過激という形容詞が当たると思いますけれども、今までお聞きになって、環境問題はこういうことなのかなと御理解なさっていたことを、ひょっとしたらかなり根底から、覆すかもしれないし、いや、そんなことは当然わかっていたよとおっしゃるかもしれません。この辺が私にとったらかけみたいなものでありますので、お聞きいただければ幸いでございます。
最初、これに書きましたものは、環境問題というのは、一つずつ断片的に伝えられることが多い。特に、研究者、学者なんていうのがしゃべるときは、それぞれ自分が専門にしている課題を中心に話をするものですから、全体像がなかなか見えないことが最大の問題だと思って、私はきょうはなるべく全体を鳥瞰していただくといいますか、トータルとして把握していただけるようにというのが1つのポイントであります。
これをトライして書いてみたのが、これですけれども、大変複雑になっているかもしれません。しかし、もうこれ以上簡潔にできないぐらい絞りに絞って書いておりますが、まず大きく分けて環境問題というのは、昔、公害といったような地域に対する課題がたくさんありました。
最近になって、最近と言っても、ここ10年、20年ですが、それが地球規模に広がって地球環境問題というようなことになってきたわけですが、これは一括して環境行政の範囲に入っておりますけれども、かなり質の違う、何が違うかというのは、一つは、左のほうは、まさに質の問題です。環境の質が悪化するような問題。右のほうは、どっちかと言うと量の問題と言うべきかもしれません。蓄積性があって、どんどん悪いほうに蓄積していくことの特性があると思います。それが大きな2つです。
それから、原因が、左のほうは、割と身近な技術の問題であったり、都市のあり方、生活者の行動とかといったところで完結するわけですが、右のほうは、そういうことだけではなくて、もう人間の存在そのものといいますか、人口増加だとか、今の石油消費文明のあり方そのものがかかわっているという意味では、とても難しい問題になっています。
そういうものが並行してトータルで環境問題と称されていますので、何を議論しているかによって性質が全く違うということをここで申し上げたかったのです。
さらに違うのは、結果がどこに返ってくるかですね。公害問題というのは、身近にかかわってくる、自分たちの生活の問題ですけれども、地域にかかわっている問題は、実は我々に直接被害が比較的目に見えにくいと、将来の世代だとか、ほかの生き物だとか、多分、途上国にはもう顕在化しているだろうというようなことでありますから、我が事として実感がとてもしにくいことが一つ大きな特徴だと思います。
最近の気候を見たら、我が事になってきたよとおっしゃっていただければ、それはそれで大変結構なのですけれども、それでもこれは本当に地球温暖化なのかというような異論を言う人も結構いますので、その辺がとても難しいといった全体像を捉えていただいて、問題は、なぜそういうことが起こったかということも根本的には、結局、石油多消費の問題と言わざるを得ない、これに尽きるというのが、この図が示しているところでありますが、この膨大な石油消費が人口増加を招いて、1人当たりのエネルギー消費を引き起こしているものですから、この急激な伸びを前提にした社会を将来どう考えるかというのが、今、問われていることだろうと思います。
実は、その結果として、地球がこういうようになるんだろうということは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が当初から予測してきたとおりに、今、動いています。ですので、これを、いや、先は何とかなるよと見るか、いや、このままは行かんだろうと見るか、その最大の原因が、この石油の消費なのでありますが、それがもう既にピークを超えているというのが石油関係の専門家の、今常識になっておりまして、2004年、2007年、いずれにしても2010年より以前にピークを迎えて、後、急激に落ちていこうとしていますよということを言っております。これはもう実際データ的には、ずっとここをたどってきていますので、かなり信頼性が高い。
ただ、この先どうなるかがなかなか読めないところでありますが、それを定性的に予測しているのがこういうことであります。
これはもうとっても古い1999年、2000年ですね。ですけれども、それは今、十数年たって、大体、そのとおりになっていますので、あえて持ってまいりました。
淡水の問題、それから温室効果ガス、二酸化炭素、この辺もかなり厳しい予測をしております。
それから、もう一つは、生物の絶滅であります。今後10年には、4分の1の哺乳類が絶滅するとかといったかなり深刻な予測がされています。
それで、それが時期的にいつごろどういうことになるのかということなのですが、これは2010年時点で、二、三十年で引き返せない、「ポイント・オブ・ノーリターン」と呼んでいますが、そこに地球環境の危機は差しかかるだろうとか、それからオイルピーク、さっきのオイルの現象が始まるのは、1980年を越えて、どんどんそういうことになるだろうと。
それから、社会経済的破局は、地球環境とどうかかわるかということでありますが、実は根底では連動しているというのが我々の認識でありますが、これが意外に早くて、ポイント・オブ・ノーリターンが5年後という予測をしておるのですが、実際には、そこにはまだ至っていない。
しかし、いずれにしても20世紀の石油文明は、その頂点を越えて急激に崩壊に向かいつつあると。地球環境問題は、その一つであるけれども、資源枯渇、それから社会・経済の行き詰まり、いよいよ脱石油文明としての持続可能社会を模索する時期であると。しかも、その猶予はせいぜい数十年であるというのは、我々周辺での標準的な見解でございますが、こういう話は余り聞いたことないよと思われるかもしれませんね。学者も、こんなことを言わないのではないかと思われるかもしれません。それには幾つか理由があると思いますが、それはまた議論のときにでも申し上げたいと思います。
これは皮肉な漫画をちょっと載せました。こういうことですね。
例えば、日本が農産物の輸入がとても多いのは、いろいろな面で議論になるところでありますが、その後ろに水ですね、バーチャル・ウオーターなんて呼びますけれども、水の輸入が農産物の1,200倍もありますと。それは何かと言うと、世界中の水資源が今度どうなるかは日本の食料輸入に決定的にかかわっていますよということです。
ですから、これなんかは、アフリカではもうこういうことが顕在化しているのはニュースでよく聞くところでありますが、一方では、それでは石油ピークが過ぎて、長期的将来にはどういう社会になるかということなのですが、これは非常に漫画チックに描いてあります。こういう社会に戻る可能性があるよということでありますが、これでどんな社会になるかというのは、議論は分かれるところですけれども、一つだけはっきりしているのは、この世紀だけで10の12乗キロワットアワーのエネルギーを使ったと。これだけのエネルギーを人類が使ったのは、この20世紀から21世紀にかけてが最初で、かつ最後になるのではないかという覚悟をどうするかということを我々の間では議論の前提にしております。
COP21でもCO2の議論がいろいろになるわけですけれども、例えば何がCO2に悪いのかと言うと、これをごらんいただいたらわかりますように、いろいろなことを節電したり、テレビのこと、照明を変えるとか言いますけれども、自動車を10分運転することに比べたら、そんなことはもう本当に何でもないことであります。これだけの自動車が地球上を走り回っていながら、かつ毎年何億台とふえながら、節電することがいかにむなしいかというような気が、データを見ればいたします。
CO2の排出、これは少し細かい技術のデータですので、いろいろな乗り物がどういうCO2の排出になっているかということです。
しかし、エネルギー消費が高まれば当然利便性が高まるという、利便性とのトレードオフになっておりますので、この辺を人間はどこまで利便性を犠牲にしながら地球にやさしくするか。結局、そこに行きついてしまいますので、なかなか選択としては難しくなってくる。歩いたり自転車、帆船に乗れば、ほとんどエネルギーを使わないことはわかってはいるのですけれども、いや、そんな昔に戻るような話はあるかというのが世の中一般の判断だと思います。結局、今の環境問題をこういう前提で捉えていただいたとしたら、目標と対策はどう考えるかということになってまいります。
目標は、2030年とか2050年とか、いろいろ世界、日本の自治体も目標値を決めております。これは、環境の目標と言っても、CO2がわかりやすいので、大体、これがスタンダードな環境の目標と呼んでよろしいかと思いますが、京都府の場合は2030年に40%でしたか、審議会長をやらせていただいて、そんなことを言っていたら笑われますけれども、京都府は40%、私がかかわっている滋賀県は50%とか、数字を言うのは簡単でありますが、実現することは極めて難しいと。
いろいろな実現の仕方があります。一つは、技術でやりましょうということであります。国は、主として技術でやる。ただし、技術にはこういう問題がいっぱいありますよというのは、ちょっと漫画を後でまたごらんいただいたらいいと思います。
技術というのは、非常に有効なものもありますけれども、技術そのものがまた新たな環境破壊を生むことは避けられない面があるということです。
例えば、リサイクルということ自身も、リサイクルをしたらよろしいということにはならないのが、この漫画であります。漫画で失礼でありますが、よくこれ本質を非常についていると思います。我々は元を締めないでリサイクルをしていることが、何を引き起こしているかということであります。
技術がよくなっているのはそのとおりです。しかし問題は、これは車の一例でありますが、どんどん新しいモデル、技術はよくなって、重量当たりの燃費はどんどんよくなるのですけれども、その分、大きな車に乗りかえる。台数がふえるというようなことで、全体としては余り減っていない。物によっては、例えばコンビニなんかでも、1店当たりのエネルギー消費は、どんどん減っているのでありますけれども、コンビニの店舗数がいかんせんどんどんふえていますので、掛け算すると、全体としてはふえている。そういうことは、もうあらゆるところで起こっております。
ですから、例えば私がかかわっている産業界でも、原単位、1点生産するためのエネルギー消費は物すごい下げているよと。ただ、いかんせん需要がふえるので、その分、生産量が上がると。掛け算したら、結果としてはふえるわなという話です。
これはだめなのかいいのかというのは、すごい難しい議論になりますね。それをだめだと言ったら、産業の生産力を抑えよということを言わざるを得なくなる。それはどういうことなのかと。一点一点を物すごく効率を上げて努力をしていることは確かです。ただ、全体の生産量が上がって、ふえていると。
それから、民生でもそうですね。人口もそんなにふえていない。京都府は若干減りぎみかもしれませんが、どんどん世帯数がふえておりまして、それに比例して資源エネルギー消費がふえるのは、もうわかり切った話ですね。
だから、世帯数がふえるのは、環境から見るととてもまずいことでありますけれども、これを規制したりやめさせることは、一体何を意味するのかという、それこそ人間の生き方の根源にかかわるようなことになってくるわけですね。
もっと言えば、そういうことに切り込まないと、例えば京都市・京都府の温暖化防止のお手伝いをしておりますけれども、CO2を下げる計画というのはとても立てられない。
それは、技術がこれから効率が何倍にもなって、それがどんどん普及するという掛け算をすることは簡単です。つじつま合わせは幾らでもできます。しかし、そんなことが現実に起こるかと言われたら、一応計画論としてはお出しできますけれども、それがどれだけ、もっと本質的なところを言えば、今みたいに家庭の数、世帯数を本当はどうするんだとかといったところ、それから生産量そのものの増加をどう見るのかというようなことに切り込まざるを得なくなってくると思います。
これはとてもおもしろい表だと私は思っておりますが、少し細かいので、また後ほど時間があったらゆっくり見ていただいたら、おもしろいと思います。
大きく言えば、このままやっても大丈夫だという専門家の集団と、もう何をやってもだめだという終末思想の専門家と、それからもう一つは、何か変革をすればいいんだと、変革が必要だというグループと、大きくこの3つに分かれて、今、議論がずっと並行して進んでいます。
例えば、わかりやすく2つの将来社会像を漫画に描けば、こういうことになりますねというのが、これは環境白書に環境省が取り上げた漫画でございます。
実は、この右側の自然共生型社会が私のグループが描いた社会像でありまして、これはよくごらんいただいたら、滋賀のことを御存じだと、瀬田川なのですね。ですけれども、国のほうはそんなの知らないものだから、こういう田舎と都会の2つがあると。どっちによってブレークスルーするのかというのを、今、ずっと議論になっております。この2つをどう選ぶかということだと思います。
計算は事細かくやっておりますけれども、結構、いろいろな先端技術を取り入れるということが30%、それから社会をいろいろ変えると、交通手段を変えるとか、いろいろなことをやるのが20%という心がけの段階ですね。社会変革と呼んでおりますけれども、そういうものが20%で、ようやく滋賀県の50%削減が実現していると。京都府の計画も、大体中身は、こういうことの組み合わせになっていると思います。
そのときに一体お金がどうなるのかとか、GDP(国内総生産)がどうなるかとかといったいろいろなことは、対策費用なども、こういうデータをきちっと使って、実は陰で細かく計算はしておりますけれども、環境の計画では表に出ておりません。
それで、これは滋賀の例ですが、要するにライフスタイル、それから社会基盤、経済・法制度、もっと言えば価値観とか、満足感とか、豊かさ感というものまでもう一遍見直さないと、持続可能な社会ということのつじつまがどうしても合わせられないだろうということでございます。
この辺はもう細かくなりますので飛ばしますけれども、きょうの御質問、最初の問題提起の中に、自然エネルギーみたいなものがこれからどうなるかというお問いかけがありました。
自然エネルギーというのは、もうとにかくエネルギー密度が非常に小さくて小規模分散型でありますといった限界というか特徴を持っておりますので、それは社会とか技術のありようを根底から大きく変えざるを得ないと。本当に高度なハイテクというような大規模生産とか、例えばトヨタの100万台を生産するような車の産業に太陽光を使いますかと言うと、それはもう現実不可能に近いわけですから、本当に自然エネルギーでできる技術というのは、地域の身の丈に合ったローテクにならざるを得ないというのは覚悟したほうがいいと。
したがって、産業の軽装備化と、ここでは呼んでおりますけれども、大規模な先端重工業というのは難しいと。金融制度が、もっと地元の信用金庫で調達できる程度の資金で軽装備した技術に行かざるを得ないと。
この辺はもう飛ばしたいと思います。大体、予定の時間が参っておりますので、あと撤退の話とか、人口減で過疎の村を消滅集落というのですか、限界集落というのを、どのように集約して環境にいい社会に持っていくかとかといったいろいろ議論は幅広いのでありますが、その辺は少し時間の関係でもう飛ばさせていただきたいと思います。
この辺の資料もちょっと後半についておりますけれども、アワニー原則というのが、実は我々の分野ではとても世界で関心を呼んでおります。これからの地域社会をどうつくっていくかというときの原則に、これはアメリカ、ヨーロッパの学者が集まって主としてつくった原則でありますが、これからの日本の都市づくりにもとても参考になる気がいたします。
ただ、日本の場合は、こういう社会づくりを大規模にやるという仕組みや制度がないものですから、これは言ってみてもなかなか理想論で終わってしまって、現実性が極めて乏しい。日本の場合は、それぞれが個人資産として利益最大化を図ることの集合体として極めて統一感のないばらばらの、ある意味ひどい地域社会、地域づくりに行ってしまうと。
ですから、ヨーロッパやアメリカなんかというのは、大なり小なり、私、この間まで中国を少し見てきたのですが、まさに中国などはそうですが、国家の大きな計画の中でだんと地域がまちづくりされてしまうと。これが本当にいいのかどうかというのは別の議論がありますけれども、そういう中でまちがつくられると。こういう理念が非常にきちっとベースに入ったまちづくりができると。
私は中国の田舎をばかにして見にいったのですが、実際の動きを見たら、これはすごいなと。こういうことができる国というのはすごいなと、ある意味では、とてもすごいと。日本みたいに個人の財産でその利益をそれぞれの人間が考えて追求する、その集合体としてまちができ上がるようなところで、何かの理念に従って地域をきちっとつくるというのは、あれを見て帰ってきますと、およそ絶望的な感じがいたします。
滋賀県の県会議員さんも何人も一緒に行かれて、それを見てこられたのですが、それは議会で制度を、本当に何か改めていただかない限り、滋賀県の中にそういうまちづくりはおよそ不可能でしょうというのは、私はその講演で申し上げたのです。
あと、いろいろなことがございますけれども、この辺はもう資料をごらんいただいて、あと残った時間で少しだけこの関西広域連合の場でしゃべらせていただいた資料が2枚もので、今後の日本において関西の果たす役割ということのプレゼンテーションを仰せつかったわけであります。
一言で言えば、関西広域連合がこれからどうするかという議論の中で、必ず東京に追いつけ追い越せみたいなことと、東京がいろいろな特典があって、関西は割を食っているというような恨み節とやっかみとまぜ合わせた議論になってしまっていますけれども、そんな議論はもう越えてしまったほうがいい。関西には、歴史的に関東がとても追いつけないような長い歴史の蓄積と、それから高品質でレベルの高い社会がずっと続いてきていると。たまたま明治以後の富国強兵あたりから東京が日本を主導して、産業を興して、軍隊を強くしようというようなときに東京が中心になった。いっとき中心になったことにすぎない。
しかし、幸か不幸か、そのような近代の産業社会というのがかなり行き詰まって来て、石油に依存した近代文明というのが、崩壊とは言いませんけれども、かなり危機的になっている中で、関西はそれを追いつけ追い越せでは、関西も一緒になって崩壊するのではないだろうかと。それとは全く対局にある非常に高度な質の高い新しい文明を関西からもう一度提案したらいいのではないかということを申し上げて、とても口幅ったいのですが、そういうことを申し上げて、そのときの社会の姿はどう選ぶかというのが、次のページのところに少し表にしてございます。
それは、先ほどの2つの社会像、関西は、できるだけ自然に準拠したような自然の力と自然と一体になったまちづくりをしていくと、いろいろな技術も自然に依拠したような技術をもう一度つくり直すという提案をしたのでございます。
ここでまた少し話が移りますけれども、今、原発がこういう状況になって、京都府も、各自治体全部そうですが、温暖化計画を見直す必要があるというのは、どこの議会でも御議論になっているところであります。それはどうするかというのは、ここにおられる事務方と私もいろいろ相談させてもらって、本当に難しいなと。しかし、何が最大に難しいかと言うと、巨大な産業を支えるためのエネルギーと、それから民生とか、府民の生活を主として支えるエネルギーのことをごっちゃに議論をしてトータルの数字のつじつまを合わせようとするから、とても難しい。原発がなかったら困るというのは、大きな産業界にとって本当に困ることになるといったことは、否定しがたいことです。
ただし、この3年、原発なしで2年ほど、一応民生はちゃんと成り立ってきているわけですね。それは、過大な電気代の負担なんかを強いられてはいるとしても、この電気代の負担と原発のリスクをどうしますかと言ったら、いや、これで行けているのなら、これで行こうではないかという市民のほうが多いと思います。それはそれでできる話です。
ただし、それを産業界に押しつけたときには、すごく過大なエネルギーコストがかかって、産業競争力がという議論になってしまうので、そこをどう見るかですね。それをごっちゃにして見ないで、一旦分けて計画をもう一度つくり直したほうがいいのではないかというのが、ちょっと私が最近提案申し上げていることであります。恐らくここでもその御議論をしていただければ、大変ありがたいです。
というのは、さっき申し上げたように、自然エネルギーというのは、大規模な産業界にとって役に立つエネルギーではほとんどないのです。小規模な新しい産業とか、民生とかといったものを支える本当にちまちましたエネルギー、それはそれで活用をもちろんやっていかないといけないことでありますので、それは使い道を切り分けてそれぞれの計画を考えざるを得ないことで、問題のありようがもう少しはっきりしてくるという気がいたします。
少し話題があちこち飛んでしまって、とてもわかりにくかったのではないかと思いますけれども、とりあえず一旦ここで、この後、どんどん御質問いただくとか、御異論があればどんどん言っていただいて、深めていければと思います。
どうも御清聴ありがとうございました。

◯荒巻委員長
内藤様、ありがとうございました。
説明はお聞き及びのとおりでありますが、もとの状況に復するまでしばらくお待ち願います。
本日の所管事項の調査におきましては、テーマについて、参考人も交えて委員間の活発な意見交換の場となるよう運営してまいりたいと思いますので、よろしくお願いをいたします。
それでは、御意見・御見解等がございましたら、御発言を願います。

◯井上委員
どうもありがとうございました。
大変難しくて、なかなか質問の仕方も難しいのですけれども、確かにここにイラストが描いてある、この水が、外国からいろいろなものを入れてから、これを育てるのにこの水がかかっているのですよということですよね。これは物すごくよくわかるのです。
私も街頭演説で言わせていただいているのは、日本の食べ残しの額が年間5,000万人分に達すると言っているのです。金額にすると、3兆円と言っているのです。それが、自民党で言わせていただいているのは、河原町を歩く若い人とか、今、食事しておる人たちに訴えているのは、その食べている物自体は、それから宴会で残す物自体がそれだけの額になっていると、先進国でこれだけの物を廃棄しているのは日本だけらしいのです。そういうところを私の年代、先生は戦中で、私は戦後すぐですけれども、そういった年代の者はすごくわかるのです。だから、そこのところをこれから訴えが大事じゃないかなと思います。
そういった食料のことをまず言えば、人間というのは、まず食べる物のぜいたくをしたら、なかなかもとに戻れない。しかしながら、食べ物のありがたさを訴える。お米だけが自給自足できておると思うけれども、お米の全てつくっている飼料は、外国から入れているということで、そこらの原点を私は訴えるべきじゃないかと思いますけれども、いかがでしょうか。

◯内藤参考人
実は、我が家も同じことを言っておりますので、よそで言っていることと実態は違っておりますけれども。

◯荒巻委員長
御発言も尽きたようでありますので、以上で所管事項の調査を終了いたします。
内藤様には、大変お忙しい中、参考人として、本委員会のために御出席を賜りましたこと、貴重な御意見を述べていただきましたことを、重ねて心から御礼と感謝を申し上げます。
本日いただきました御意見につきましては、今後の委員会活動の参考にさせていただきたいと思っております。
また、理事者各位におかれましては、本日各委員から出された御意見・御見解等について、今後の府政の推進に当たり十分に御留意いただき、府民のため、なお一層の創意工夫をされるようお願いを申し上げます。

今後の委員会運営
次回の閉会中の常任委員会について、9月9日(水)午後1時30分から「駅活性化の取組について」をテーマに開催する予定であることが確認された。

あらまき隆三

荒巻隆三
(あらまきりゅうぞう)

  • 昭和47年10月27日
    京都市生まれ
  • 自民党府議団 代表幹事
  • 議会運営委員長
  • 京都地方税機構議会 議長
  • 京都実業団剣道連盟 会長
  • 京都府カヌー協会 会長
  • 元衆議院議員
  • 元株式会社ワコール社員

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